私たちが時折、YouTubeで若き日の思い出を確認せずにいられないのは、ノスタルジーというセンチメンタルな感情のせいです。心理学によれば、ノスタルジーには、私たちが孤独や喪失に向き合うのを助けてくれる有益な側面もあります。ただ油断すると、懐古にとらわれて先に進めなくなる危険性もあります。

ノスタルジーとは、どんなもの? いつ感じる?

150217how_to_use_nostalgia002.jpg

深く掘り下げていく前に、まずは言葉の意味をはっきりさせましょう。「ノスタルジア(nostalgia)」とは、17世紀末のスイスの医師による造語です。当時、医師たちはこれをホームシックに似た病気として扱っていました。もちろん、ノスタルジーは病気ではありません。今では私たちは、「時々は古き良き時代を振り返らずにいられない自分」を受け入れて暮らしています。社会心理学者のClay Routledge博士は米誌『Scientific American』のブログで、ノスタルジーを次のように定義しています

辞書を引けば、「ノスタルジア」の一般的な定義はわかります。「過去への感傷的な切望または思慕」といったところでしょう。でも、「ノスタルジックな状態(be nostalgic)」とは具体的にどういうことでしょうか? 私たちのチームではその答えを見つけるため、被験者らに対し、ノスタルジーの経験について詳細に書いてもらいました。そして、ナラティブ分析の訓練を受けた専門家が、これらのノスタルジックな叙述を分析しました。

分析結果から見えてきたのは、ノスタルジックな思い出とは、人生の分岐点となるような出来事や、個人的に大きな意味を持つ出来事にフォーカスを当てたもので、かつ、身近な他者(友人や家族や恋人)が特に大きな役割を果たしている傾向がある、ということでした。家族や友人との旅行、結婚、卒業、誕生日パーティー、親戚が勢ぞろいする休暇などは、ノスタルジーに浸りながら何度も思い起こす、忘れられない経験の具体例です。(中略)ノスタルジックな思い出とは、幸せな思い出なのです。

ノスタルジーとは基本的に、誰もがおそらくは週のうちに何度も経験する感情のひとつです。かつて覚えた歌を聞いたり、お店で何かの香りを嗅いだり、もしくは、旧友とばったり出会ったりすることが引き金になる場合もあります。私たちが特にノスタルジックに語りがちな題材については、学術誌『Memory & Cognition』に研究が報告されています。人格形成期、具体的には12歳から22歳にかけての話題が多いそうですが、この研究ではその理由について、セルフイメージの形成が始まるのがこの時期だからではないか、と考察しています。

ノスタルジーは、私たちの「今」を見る目を変える

150217how_to_use_nostalgia003.jpg

最近の研究から、ノスタルジーは多くの点で有益であることがわかってきました。自己評価を高めてくれる場合があり、人生の意味を見つけたり、孤独に立ち向かったりするのにも役に立つのだとか。学術誌『Personality and Social Psychology Bulletin』に掲載された研究は、ノスタルジーのおかげで将来を楽観視できる場合があると指摘しています。『Journal of Personality and Social Psychology』誌に掲載された別の論文によると、ノスタルジーはしばしば、ネガティブな精神状態へ対処するために使われるそうで、この研究結果は次のようにまとめられています

ならばノスタルジーは、人々があらゆるネガティブな精神状態、すなわち「心理的脅威」に立ち向かう方法のひとつといえそうです。「孤独を感じたり、何かうまくいかなかったり、何のために生きているかわからなくなったり、自分のしていることに何の価値も見いだせないなどと思ってしまった時は、このノスタルジックな思い出の宝庫のドアを開ければ、自分を慰めることができます」と、Clay Routledge博士は言っています。

「私たちはノスタルジーを、精神的なリソースだととらえています。というのも、ノスタルジーにひたれば、自分には価値があると自信を持つために必要なエビデンスを思い出せるからです」。

とはいえ、この効果を得られるかどうかは、どのような種類の記憶を、いつ思い出すかにかかっています。ノスタルジーは、時と場合によっては素晴らしいものです。思い出すのがポジティブな記憶であれば、特に良い効果があります。友人とビールを飲みながら思い出話に花を咲かせるのは、悪いことではありません。

それでも、そうした機会に入れ込みすぎて、あまり長い時間をかけるようになると問題です。また、ネガティブな思い出をくよくよ考えてしまう可能性もあり、こちらも問題です。実際、社会心理学誌『European Journal of Social Psychology』に発表された小規模な研究によると、いつもくよくよしている人は、ノスタルジーによる恩恵を、一般の人と同じようには受けられていない可能性があるそうです。

そんなわけで、ノスタルジーは科学の分野では基本的にポジティブなものと見られていますが、話はそこで終わりではないのです。

ノスタルジーの正しい使い方は「過去と現在を結びつけること」

150217how_to_use_nostalgia004.jpg

ノスタルジーは、明らかな危険性も伴っています。特に、「思い出補正」を経た美しい過去を語るあまり、現在をまともに見られなくなってしまうと問題になります。注目すべき対象を間違えたり、過去のさまざまな出来事がどんな風に現在の自分を形作ってきたかを見落としたりしていると、ノスタルジーの利点は失われてしまうのです。アメリカの一般読者向け心理学専門誌『Psychology Today』では、こうした落とし穴にはまらないために、自分の現状をいつもチェックするよう勧めています。

人によっては、古き良き時代の回想が、つらい気持ちを引き起こす場合があります。仕事での成功を思い起こすことでかえって今の自分は落ち目だと感じたり、祖母の家で過ごした週末を思うと、その祖母が今はもういないという現実を痛感させられることもあるでしょう。

でも、そんな風に感じなくても良いのです。カリフォルニア大学リバーサイト校で心理学を専門とするLyubomirsky教授は、こう説明します。「問題は、どこにフォーカスを当てるかです。あの頃は良かったという部分に注目するか、それとも、今はそうではないというほうに目を向けるか」。過去の良い経験を、色あせることなく自分の人生を豊かにしてくれるものと思える人は、ノスタルジーによって気分を高められます。一方、過去と現在のギャップにばかり目のいく人は、この先何があっても昔ほど良くはならないという姿勢のせいで、過去の良い経験まで台無しにしてしまうのです。

『Psychology Today』ではこのような悪循環に陥らないため、自分の過去と現在を比べるのではなく、つなげるよう勧めています。仕事の絶頂期の素晴らしさを振り返るのではなく、今の自分があるのはそのおかげだと考えましょう。こうした過去の経験を、かつての世界にしがみつくためでなく、現在を満喫するために、あるいは現実に立ち向かうために利用するのです。「昔は良かった」といってそのままにするのではなく、「その後の人生にはどんな意味があったのだろう」などと、実存的な観点から問いかけてみるのです。「もう二度とあんな経験はできない」と思うのではなく、その経験がどれほどポジティブな効果をもたらしたかに目を向けましょう。

「いつか思い出に変わる今」への興味を失わない

言うまでもないことですが、ノスタルジーとは、誰かと過ごした楽しい時間についての幸せな思い出だけを指すのではありません。昔好きだった物事についても、同じように感じるものです。私たちは誰でも、音楽や映画、場所、物語の登場人物、ゲームなどを懐かしく振り返る瞬間があります。それは何の問題もありませんし、昔を思い出して酒盛りする夜にはぴったりの肴です。ただし、やり過ぎてしまうと、そこから抜け出せなくなる危険性があります。

米ブログメディア「Slate」は、特定の歌を聞くとひどくノスタルジックな気分になるのはなぜかについて掘り下げています。音楽にはそれ自体ノスタルジーを喚起する力があるものの、それだけならほかのメディアにも同じことが言えるはずです。

「Slate」の記事を要約すると、私たちの記憶は、2つの方法で音楽と結びつけられることが多いのだそうです。まず、歌はそれ自体が思い出になりますが、歌そのものの記憶とともに、その歌を初めて聞いた時のことを思い出します。そして、音楽は人生の一時期の「サウンドトラック」を形成し、その頃の気分を思い出させてくれます。ある意味で、私たちは新しい曲を、若い頃のようには好きになれないのです。なぜなら、若い頃に対するノスタルジーは常に、大人になってからの(一般的には)より知的な趣味を凌駕するからです。まだ検証はされていないものの、このことが原因で、新しい物事を試す気が起きなくなる場合もありそうです。

作家のDamian Barr氏はBBCのインタビューで、物事へのノスタルジーについて、うまくまとめています。

現在から目を背けるためや、将来について考えることから逃げる手段として、過去の物事に立ち返るべきではありません。過去のことを考える時間が長すぎると、社会的にも感情面でも、将来への準備ができなくなってしまいます。

現在から目を背けるために過去に立ち返っている時は、新しい経験をしていません。そこが問題なのです。ご存知のように、新しい経験は重要で、新たな物事に触れることは脳に良い影響をもたらします。ノスタルジーにつきものの危険性は、新しい物事を試したくなくなることから生じます。つまり、「80年代の映画が最高」と思いすぎて、新しい映画を見なくなってしまいます。「馴染みのあのレストランのメニューは完璧」と思いすぎて、新しいレストランに足を運ばなくなります。昔好きだったバンドがあれもこれも再結成ツアーをするらしいとなったら、好みの新しいバンドを見つける気は起きなくなります。

ノスタルジーの問題は、過去のことを考えるのに時間を割くあまり、新しい思い出が作られなくなることから来ています。そうなると、新しいことをしない、新しい思い出が作られない、新しい出会いを楽しまない、新しい物事を学ばないという、悪循環を生み出します。英サウサンプトン大学のConstantine Sedikides博士は『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューで、ノスタルジーは有益ではあるけれども、それとは別に、私たちは常に新しく思い出を作り続ける必要があると指摘しています。

Sedikides博士は、「いつかノスタルジックに感じるはずの思い出を作る機会を、私は逃しません。私たちはこれを先行ノスタルジーと名づけ、これに関係する一連の研究にもすでに着手しています」と述べています。

どうやらノスタルジーには、気分が沈んだ時に思い起こす、ポジティブな思い出の蓄えという役割があるとわかりました。ならば、その蓄えがなくなる前に、新しい思い出を作っておく必要がありますね。昔を懐かしむことは簡単ですが、そうしたコンフォートゾーンから抜け出すことには、その分、価値があるのです。

Thorin Klosowski(原文/訳:風見隆、江藤千夏/ガリレオ)

Photos by Nomad Tales, Panayotis, Kenny Louie.